本当に最近混乱してたんです。
それは信じていたものが信じられなくなったから。
一種の錯乱状態からの〜猜疑心全開からの〜メンヘラからの〜パニック!

♪パニック〜パニック〜パニック〜、みんながあわててる〜♪
おーらはすごいぞ、天才的だぞ〜、将来楽しみだ〜♪

あ、失礼しましたw(*・ω・)ノ

大体こんな時は客観的に物事を捉えられていないから、実際に相手と話しするのが一番なんです。
そして自分は自分の課題で思い詰めていたのか?
他人の課題に思い詰めていたのか?
そんなことを少しずつ整理していき、どこに疑問を抱いていて何が許せなくて、ということをひも解いて行くと、大抵のことは誤解であったことに気付きます。

だけど、その時は人生オワタ・・・w

となる訳ですよ。

はい。すごく弱いんです。
寂しがりやのウサギなので凍えて死んでしまいますw
(↑笑うところですよ)


少し真面目な話しをします。
ってか、させてください。

ここ高知でブログをしていると、特に仲がいいという訳ではありませんが(というかほとんど面識ないです)否が応でも他人のブログ活動を目にすることがあります。
これまで「わー!頑張って〜!」と応援してました。
口で軽く言うことは簡単なんです。
けれど、ここ3ヶ月程は、そういった行為に対してすごく不誠実だなと思う気持ちが湧き上がってました。

ブログをやってる目的は人それぞれだし、向かっているものも違う。
それぞれ抱えている問題自体は、私を含め本人の力で本人が解決しないと先に進めません。

見ていて「若いって素敵だな〜」と思うと同時にすごいプレッシャーの中で戦ってるっていうのもヒシヒシ伝わってきます。
特に厳しいのは「放任」です。(けれどもきちんと見守ってくれています)
「自分でそれくらい考えてね」というのは本当に厳しい世界です。
ましてや、今まで与えられたものをこなすような人生を過していれば、何から始めたらいいものか途方にくれるでしょう。
自己の徹底的な自己管理と共に毎日成果を出し続けるという作業は本当にプロでなければなし得ることはできないでしょう。

私のブログは「私の人生をよりよくする為のツール」だから、手段であって、目的ではないです。
だからただの趣味。
何も成果を出していませんから、そんな甘ちゃんが、真面目にやってる人に声を掛けることは出来ません。

ただここで忘れて欲しくないのは、陰ながら見ているということです。

馬鹿にされても、ネタにされても、必死でやっている姿を私は知っています。

イベント企画、ボランティア活動、地域活動それらはすぐにお金に変わるものじゃないから、圧倒的に馬鹿にされます。
けど、凄くいい仕事してます。
本人達が一番よくわかっていると思います。

それでも自分を信じて欲しいとも思います。

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こうやってただの趣味でやってる逃げ道いっぱいの卑怯者オバちゃんが言ってもなんの説得力もないけど、最初は「お花畑」でもいいと思うんです。
ブログを始めたころは私も自他共に認める「お花畑」でした。それは間違いありません。
そして3ヶ月もしないうちから実力というのは歴然とわかってきます。
現実と理想の差に押しつぶされそうになります。
けれども、しかるべきタイミングでしかるべき経験をして、一つずつ、一つずつ成長していくのだということがわかりました。
今では現実も受け止めてますし、地に足つけて物事を見えるようになりました。
それは私が行動とチャンスをそのタイミングでつかみ取ったからわかり得たことなんです。

私の目的は「自分の人生をよりよく生きること」。
だから、今では知りたいことがいっぱいだから読書もかならず毎日しています。
子供が大事だから子供とも真剣に向き合ってる。
仕事も職場では「自分に甘く他人に厳しい」異名を得ていますが、自分の出来る事は精一杯しています。
旦那は、、、これはちょっといいや。諦めてます。
目の前のことを一生懸命しています。
誰かに言われてやっているのではなく、自分が選択したのだという覚悟ができたから、だから満足です。
これが私だしそれ以上でも以下でもない。
それに少しの夢もあります。子育てが一段落するころにはその夢も叶えたいです。
(すぐやれよ!とお思いでしょうが、子供3人を育てあげるには莫大なお金が必要となるのです)

だけど意味をはき違えている方も実際にいて、すごく可哀想だとも思いました。
可哀想だと思っても、本人は勉強になったと思っているかもしれません。
こればかりは当事者でないとわかりません。
それにこれは他人の課題であって、私はそれ以上介入することは出来ません。

そんな色んなことを横目に、現実の厳しさと同時に理想へ近づく為のあくなき探求をそれぞれしていると思うんです。


だからdisっていうのは本当に難しい。
けれど私は批判の中にも一握りの真実は含まれていると思います。
だから即ブロックなんてすごくもったいないです。
仲良しこよしの間柄からはそういった学びは皆無といっていいでしょう。
幸いな事に私は色々抜けているし、未熟だし、卑怯者だから、色んな方からご指摘頂きます。
だからと言って嫌いになることはありません。
「ああ、わたしの為を思って言ってくれてるんだな」となります。
聞きすぎるのもよくありませんが、必ず自分の中で落とし込みをしています。


これは自戒になりますが、
この情報過多な時代に受け取る側は、言葉だけを鵜呑みにしてはいけないです。
その強調したい側面でしか物事を捉えなくなるからです。
そこには背景がたくさんあります。
そして自分で考て欲しい。
それが発信者全ての想いだと思います。

自分も発信する側として責任を持って言葉を紡いでいきたいと思います。