少し感傷に浸ってみようと思う。

今日、こんなことがあった。
昼食をとりにレストランへ入った。
そこはレストランの中でも昼間はビジネスマンなどでごった返しているお店といったところであろうか。
なので雰囲気からしてファミリーレストランではない。
OLのたわいもない愚痴、恋愛相談、ビジネスマンの商談、上司関係など、暇を持て余した奥様のトークなど、私はここで人間模様を観察するのがとても好きだ。

そして今日は比較的空いていた。
空いていたにもかかわらず、私の隣のテーブルに幼児2人を連れたお母さんが座った。
ベビーカーをたたみ、幼児用椅子をセッティングしてもらい、見るとお母さんのお腹の中には新しい命が芽生えていた。

私は最初「もっと広いスペースが空いているからゆったり座ったらいいのに」と思いながらも、子供達の愛くるしい表情に大変穏やかな気持ちになった。


「そういえば、十数年前の私もこうして自分の行きたい店には足を運んでいたな」と。


私は今この瞬間にこの子達を連れてこの店で食べたいという思いが強いので、子供がかんしゃくを起こしたり、満席でも最低のTPOは守りながらスンドコ、ズンドコ食べに行っていた。
世間からの冷たい目も感じたことはあるし、実際そのような視線に恥ずかしくなることもあった。
だけれども「誰が何処で何を食べるか」なんてことは他人には全く関係ないことではないのだろうか?
大事なのは「私はここで食べたい」を優先させるべきだ。
なので私は親子連れに遭遇した際、出来るだけそういった視線を送らないようにしたいものだとその時期に思った。

隣人は、母子ともにとても落ち着いた気品のある方だった。
そんな子供達でも奇声やかんしゃくを起こすことはなかったが、やはり幼児特有のざわつきはあった。
数名の客がその度、視線を幼児に向ける。

私は心の中で「辞めろ」と叫んだ。
そして私に出来ることは、幼児にむけての優しい視線だけだった。


この母子を見ていて、私は十数年前の自分の姿が重なった。


私は自分のエゴにより子供だけはどうしても欲しかった。
子供のいない人生なんて面白くないと自身が子供の時から思っていた。
妊娠がわかった時、認知とかどうでもよくてシングルで育てていこうと思っていたのだが、本当におまけのおまけでイケメン夫もついてきた。
今となってはラッキーなのかアンラッキーなのか否めない。

24歳で立て続けに年子という形でポンポンと出産。
子供達をつれて色んなところへ遊びにいった。

モネの庭、桂浜水族館、のいち動物公園、わんぱーくこうち、イオン、公園などなど。
そのどれにも夫の姿はない。
それは休日であろうとも。

とてもじゃないけど夫の給料でレジャーは出来なかったので、自分の貯金を自分と子供達の為に使った。
とても楽しい充実した日々を過ごしていたことを思い出した。

そして料理が苦手な私でもそれ相応に努力はした。
ケーキやクッキー、ピザも一生懸命作った。
子供達の喜ぶ顔が見たくて一生懸命がんばった。
けれど、元来ヘタレで飽き性故に『他人の為に努力する』ことに疲れた。
その反動で親に子供を預けパチンコをやりまくった。
なんという不毛。
「好きでしてあげたい」のに自分が乖離し「好きなのにしてあげられない」症候群に陥っていた。
その他諸々が重なり私は壊れた。
けれどこの経験がなければ今の私はいない。
多分、与えることに疲れきっていたのだろう。
本来、愛とは与えるだけで見返りはないはずなのだが、醜さ故に心が渇ききっていた。
その渇きとは自分が自分により満たされていないことだったのではないかと捉えている。

自分の時間なんてない。
全ての時間を子供と夫の為に費やすことだ。

いくらすごい人でも自分を見失ってしまっては、本来の目的・信念からはいとも簡単に脱落してしまうのだ。


私は信念を持って子育てをしたいと思ったが、現実はそう甘くはなかった。
今では子供が3人となり、私一人の両手ではどうすることも出来なくなったので、ある意味完璧であることを捨て、見守っている。
完璧であり続けることなど現実問題、不可能だ。


それは、この世に確実なものなどないということだ。


子供であっても他人だ。
その他人に自分の人生を投影したり、過干渉になったり、期待したりという人生は『自分自身の人生を生きていない』なと思うのだ。

だから夫に対してもそうだ。
所詮他人だ。
「家族のため」とか言って、私に言い訳して逃げているその態度が気に入らないが、知ったこっちゃない。
外で仕事する方がなんぼか楽なのは、自分が外に稼ぎに行きだしてからわかった。
だから結局は「自分の為」に仕事をしているし、
彼は自分の為に自分の人生を遣っているので疲れることはないんだ。
自分で自分が満たされているから。

であれば少しは協力してほしいが、他人を変えることはできないし、幾度となく話し合いをしてきたが、歩み寄るということは皆無に等しかった。
だから私は諦めているし、期待もしていない。
優しい人なのもわかっている。知ってる。
情もある。

だからこそ私も自由にさせて欲しいのだ。
私に期待しないで欲しい。
私は今ありとあらゆるしがらみが嫌で嫌でたまらない。
何故、自由ではないのか?
自分が蓋をしているからか?
蓋を取る覚悟は腹に決まっている。
『結婚』という形だけが全てではないし、お互いがお互いを想っているなら形なんかどうでもいいはずだ。
子供を想っているという想いがあるのなら、見守っているという気持ちさえあれば、それは必ず子供達に届くはずだ。
何年かかろうと確実に届くはずだ。


お互いの変化を容認する。


不確実であるのは変化するからだ。
環境も価値観もどんな人間であろうと変化する。
その変化を認めて欲しいのだ。


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす、だ。


私は新しい何かを模索している。


この穏やかな母子を見て、穏やかな幸せもあったと思い出させてもらった。
どうか幸せにと思う反面、怖さも兼ね備えているということを想わされた時間であった。

勝手に隣人に自分を投影して、全く持って不躾な隣人であろう。

だけど、私は思った。

絶対人生の中で何故と思うことは出てくる。
けれど自分さえ見失わないで、自分が幸せになることを諦めなければ、必ず道は開いてくる。
こんな偉そうなことを言う、おばさんも目下模索中である。

きっと、必ず。
たとえ世界中敵に回しても自分だけは味方だから。

16247988259_427865d6f4_b
Photo credit: twomeows (away...)/Flickr


今日も焦らず、コツコツと、信念だけは絶やさずに・・・。

まあちゃんでした。 



更新情報はこちらから