今週は色んな所で「教育」について話題にのぼることが多い週だったので、色々思うところありで、そんな想いを記してみたいと思います。

とどめはやっぱりこの記事ですね。

高知県嶺北地方での暮らしを生々しく綴っている「ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。
現代社会の問題点を鋭く浮き彫りにしてくれているブログですごく面白いんです。
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ヒビノさんとは以前、ブログ講習の時にお会いしたことあるのですが、既に時の人ですし、「NPO嶺北暮らしネットワーク」や「ぽっちり堂」さん等様々な活動をされている方で、雲の上の存在でしたからお声掛けするなんてとんでもない!って思っていました。てへっ!
けれど最終日には勇気を出してお話しする事が出来ました!てへっ!

「格差社会で「貧しくても、荒れない」には?岸和田カオス中学校の思い出と、田舎で感じる子供セーフティネットのヒント」

ブログ内でヒビノさんが中学時代を過ごした地元、大阪府岸和田について述べられています。
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私が通っていた公立中学には色んな層の子がごちゃまぜになっていた。
・公営団地で暮らす、低所得者層の家庭の子供達。
・医者、大企業の親がいる新興住宅地の、中間層の家庭の子供達。
・昔からの町の地主の親がいる、ザ・地元の子供達。
・やくざのお家に生まれた子もいたし、
・事情があって親が子供を育てられないため、施設に預けられている子供達。




学校は、こういった子供達がいっせいに集うカオスな場所。
当時、その中学の歴史上最も荒れていた時期だったそうで、
普段歩いていると、2階から植木鉢が落とされたり(汗)
校舎の窓ガラスが割られたり・・・そんなこと日常茶飯時だった。

とありますが、この究極の地方都市「高知県」高知市でも時は同じく1985年〜1990年代初頭まではヤンキー全盛期!!
特に私の住んでいる某地区もヤンキーの聖地みたいな場所で柄が悪いと他校から敬遠されていました。
また、児童養護施設も校区内にあり家庭の問題や、やり場のない怒りを発散させている子達も多かったです。私はあまり自分の意見を持っていない子だったので、逆に皆そんな自己表現出来てすごいなって本当思ってました。
授業中はバイクが走り回ったりとそりゃ〜凄かった!!
時には県営渡し船を渡り反対岸の他校まで殴り込みに行ったりと・・・。
幸い自分達の世代は少し大人しめだったので仲間に加わる事もなく、
ヤンキーの子達とものほほんと仲良く過ごしてました。
唯一良かったのは、いじめがなかったことですね。
カツアゲ等は聞いた事ありますが、いじめは記憶にありません。
私が疎かっただけなのかは定かではありませんが、仲はよかったと記憶しています。


卒業式。
サッカー部の男子達に「写真とってくださ~い」とキャピキャピ盛り上がっている女子集団もいる一方で、校庭では特攻服を着た不良たちがずらりと並び、花束を抱えて彼らを迎えに来るや〇ざの車があった。



「もうみんなそれぞれの進路が決まってるんだね。なんか、すげーなあ」と思った。一方で、
「他の地域なら、ちょっと中学でグレただけの話で終わることができたかもしれないのになあ・・・」
と、少しもやもやしたものが残った。


それぞれの世界の子達は、ばらばらに散っていった。


「大人になったらもっと大変?」
「大人になればなるほど面白いよ」って言える大人になりたい
本当に私たちの卒業式も同じだった。
特攻服を来て学校の池に飛び込むのが卒業の儀式。
校門には大人のやくざらしき車や人たちが待っている。
タバコ・シンナー・セックス、思春期特有の混沌の中にさらに混沌が混ざり合って何とも言えない暗さを醸し出した時代であった。

私は目立たない子だったので、高校デビューをすることだけを夢見た15の春であったと記憶しています。

そして、今まさに我が子がそのまま行くと我が母校=その中学へ入学する予定なんです。
まだ1年ありますが、現在でも、ここの中学校は市の教育委員会でも目をつけられている程の荒れ放題の学校なんだそうです。
私や主人は何を隠そうこの中学校の卒業生ですから、一部の子達だけのことだと思い、公立中への進学をなんら問題としていなっかったのですが、

何と!
我が子は拒否してきました!
なんの情報も与えていません、子供同士で話でも上がったのでしょうか、、、。

「俺、中学受験して、自分の行きたい中学校行きたい。
落ちたら受け止めて公立中行くけど、挑戦だけはさせてくれ」


と言ってきました。
もちろん私たちの思いもあるので話は平行線になりましたが、挑戦したいんだからやってみればという結論が出ました。

事が動き出すと私もせっかちだからホイホイと有名進学塾へ入塾手続きしてしまうのです。
(もちろん子供に体験授業を受けてもらってからですが)
我が子だから分かるのですが、彼、とても努力が苦手なんです。
すっ飛ばして手に入れたいタイプでして、親としては地道にコツコツ出来ないだろうなと思っていたら、
やっぱり出来ませんでした。
市内でも有名な進学塾に入塾させましたが、続かず。
わずか5ヶ月の間に色々ありました。
色々考えさせられました。
親子共にいい体験になりました。

そこで高知市のお受験事情を簡単に説明しておきましょう。


中学受験といえば、東京都を始めとする首都圏で熱が高いというイメージがあります。実際、私立中学への進学率が最も高いのが東京都で、その割合は26.5%と異常に高い数字を示しています。神奈川県では12.1%。

注目の高知県ですが、意外にも私立中学への進学率は16.1%(文部科学省「平成20年度学校基本調査」)と、ずいぶん高い数字を示しています。首都圏だけでなく、高知でも中学受験熱は高かったんですね。

究極の地方都市でありながら、東大、京大、早稲田等の有名大学に通わせるための一番の近道が中学受験をして私立中高一貫教育を受け大学受験に控えるという流れが出来上がっています。

高知県はお医者様も多いし公務員、銀行員なんかは幼稚園から私立へ通わせます。
高知県の中学受験

では高知県の人気私立公立中学校を見てみましょう

1.土佐中高学校(偏差値64)
2.土佐塾中高学校(偏差値62)
3.高知学芸中高学校(偏差値61)
4.高知大学付属中学校(偏差値54)
5.土佐女子中高学校(偏差値52)
6.明徳義塾中高学校(偏差値50)
7.高知学園中高学校(偏差値47)
※参照「高知県中学偏差値ランキング2015)

僅かばかり通った進学塾は週5日の3時間半の勉強と自宅学習でした。
(けどそれくらいしないと普通の子は受からないんです)
それに他の習い事、サッカーもあったので週7日すべて予定が入っており、暇な時間は自宅学習。
いくら自分から行きたいと言ったといえ、彼は早々に限界を迎えました。
私も中学受験することにあまり興味がないので、「辞めたかったら辞めてもいいよ」とタオルを投げました。
通常の学校生活に支障をきたし、更に親子関係や友人関係にまで支障をきたし、また追い打ちをかけるかのごとく、塾内での先生の暴言。(子供達を一匹、2匹と数えたそうです。直接先生に意図を確認しましたが、冗談だそうで深い意味はないそうです)
子供同士の熾烈な順位争い、そして幼さゆえの暴言の数々。(直接我が子は被害は受けていません)
が、そんな話を聞いてあなたが親ならどう思いますか?

これはひがみでも何でもなく、我が子にはすくすくのびのび育ってほしい。

自分で考え、自分で様々な思考をし、学び、挑戦し、失敗してもたくましく生きていける人間になってほしいと私は願っています。


これでは我が子の良い部分は完璧に失われると思い、早々に辞めました。
その選択は間違っていないと自負しています。

優秀な子はいいんですよ。公立のレベルで勉強することは逆に苦痛でしょうから。
少し努力すれば届く範囲も努力すれば結果が出せる体験ができるのでそれもありでしょう。
ただ無理に無理が重なっていくと問題なのです。

現に上記中学校へ通わせている親御さんとも仲いいですし、変な方達ではありません。
ただごく一部過剰にお子様への期待を寄せている層があるのも事実です。
時代は違いますが私の同級生でも私立へ行ったために、未だに引きこもりの子もいますし、荒れた子もいます。最終学歴は私以下の人もいます。
最悪は自殺を選んだ人も知っています。

決して私立中学校が悪い訳ではありません。

かといって公立がいいかというと話は又別です。
理想と現実のギャップについていけず、はけ口もなく親の目を気にしながら生き、自分の殻に綴じていった為だと思っています。
どの地域、性別、環境下においてもその子自身が何を学び、何を吸収したか、これにつきます。


その過剰なシステムが悪いのだと思っています。


親って自分の子供が優秀であると自分が優秀であると勘違いする生き物なのですよ。
決してあなたの功績ではありません。
彼らが努力し、自分の力で獲得した実績です。
そこをはき違えないでほしいんです。

もうすでに私達世代で行き詰まっていたことをまだ続けている。
こんな世の中では今の子供達が可哀想です。
社会問題だと捉えて何も起こさないのではなく、問題定義することも重要だと思います。

ただ、高知県や高知市のことを考えると確かに尾崎知事始め有名私立中学卒業の方達が多数活躍されていますし、それは素晴らしい事です。実は裾野で高知を盛り上げている方達はそんな高学歴・高収入ではありません。高知はそんな小さな次元で物を見ないってことですね♪
こんなおんちゃん・おばちゃんが居る限り一都東京集中に対して周回遅れの1位を決めれるんだと思います。

きれいにヒビノさんが代弁してくれています。

子供の教育、という言葉を聴いたとき、思い浮かべるものはそれぞれ違う。
「教育=成績」とか「いい学校に入っていい会社に」のためのプロセスととらえる人も多いかもしれない。(もはやその先の受け皿さえ危うい状況にはなっているけれど)


ただ、それ以前1人の人間として「幸せに生きていく力」をつけること。
今の時代、人間としての土台をしっかり作ることが必要だと私は思う。
見えにくい「根底の根底」のようなもの。それをどう育むのか?




これから、格差は否応なく広がってゆくだろう。


 
そんな中で「貧しくても荒れない」ためにどうしたらいいのか?
一体何がセーフティーネットに成りえるのか。


様々な状況の中で生まれてくる子供たちが一人ひとり幸せになれるように願い、考えたい。

また、植松電機の植松努氏もFBにこのような記事を寄せられています。
よかったら目を通してみて下さい。

植松電機には、かなり偏差値が高い学校が
体験学習にくることが多いです。

しかし、そういう学校には、たいてい、数名は微妙な生徒がいます。
表情に乏しく、目を合わすことができず、...
会話もままならず、リアクションもない。

以前、ある大学の講義にいったときも、
そこは、無音無響室かな、と思うほどに、
なんの反応もない子達がびっしりでした。

そういう人たちは、おそらく、働くときに、
相当苦労すると思います。
というか、就職は難しいかもしれません。
でも、偏差値は高いのです。

僕は、こういう子達は、
受験対策の授業なんかよりも、
もっと違う授業を受けた方がいいと思います。
そうしないと、社会に出てから、すごく困るはずです。
彼らには、特別な支援が必要です。

親も、先生も、おかしさに気がついています。
でも、偏差値が高いから、成績がいいから、なんとなく、
問題から目を背けることができてしまうのかも。

もちろん、偏差値が低い学校にも、そういう子はいます。
そういう場合は、偏差値が低いから、
問題も、まあ、しゃあないなあ、と容認できてしまうのかも。

いやいや、そうじゃないでしょ。
偏差値じゃなくてさ。
人と関わる能力が、働くことに悪影響があるほどに未熟であるならば、それを改善しないとまずいんじゃないのかな。

愛する我が子の価値は、
点数でも偏差値でも学歴でもありません。
それは、そういう評価認定でお金を儲けたい人たちが生み出した資格商法システムにすぎないかもしれません。
しかも、そのシステムの価値観が、子ども達を、人間と関われなくしてしている可能性もあります。

愛する我が子に求めるべきは、
この子と一緒に仕事がしたいなあ。
と思える人にすることだと思います。

さあ、世の中の先生。世の中の保護者の方々。
自分が関わってる子は、「一緒に仕事したいなあ」という人ですか?
そうじゃない、と思ったら、対策をすべきではないかと思います。

まずは、頼って、任せて、感謝して。
ともに何かを成してみたらいいと思います。




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